- パワハラの定義と6類型(整理)
- ① 身体的な攻撃
- ② 精神的な攻撃
- ③ 人間関係からの切り離し
- ④ 過大な要求
- ⑤ 過小な要求
- ⑥ 個の侵害
- 実際の職場との違い(ここが重要)
- 法的観点からの整理(社労士として)
- それでも『教場』が成立する理由
- 社労士としての結論
- ハラスメントを無くすとは「甘やかす」ことではない
『教場』の映画が公開されますね。
ドラマシリーズで強烈な存在感を放った、木村拓哉主演の警察学校教官・風間公親が、再びスクリーンに戻ってきます。
『教場』は、警察官を目指す者だけが入る“警察学校”を舞台に、
厳格な規律、脱落が前提の選抜、そして容赦のない指導の中で、
覚悟を持つ者と、そうでない者がふるいにかけられていく物語です。
その中心に立つのが、隻眼の教官・風間公親。
彼は感情をほとんど表に出さず、淡々と、しかし鋭い言葉で訓練生を追い詰めます。
「辞めろ」
「君は警察官に向いていない」
「クズだ」
その言葉はあまりに厳しく、視聴者に強烈な緊張感を与える一方で、
どこか「正論」「覚悟のある指導」として受け止められてきました。
しかし、ここであえて立ち止まって考えてみたいと思います。
もし、風間公親のあの言葉が――
一般企業の職場で、上司から部下に向けて発せられたとしたら。
それは「厳しい指導」で済むのでしょうか。
それとも「パワーハラスメント」と評価されるのでしょうか。
社労士として、
現代の職場におけるハラスメントの定義、
そして法的な観点から、
『教場』の言葉を読み解いてみたいと思います。

パワハラの定義と6類型(整理)
厚生労働省は、パワーハラスメントを次のように定義しています。
優越的な関係を背景とした言動で、
業務上必要かつ相当な範囲を超え、
労働者の就業環境を害するもの
この定義を具体化したものが、以下の6類型です。
-
身体的な攻撃
-
精神的な攻撃
-
人間関係からの切り離し
-
過大な要求
-
過小な要求
-
個の侵害
この枠組みに当てはめて、風間公親のセリフを見ていきます。
① 身体的な攻撃
該当なし
風間教官は、身体的な暴力を一切使いません。
ここは非常に重要なポイントです。
彼の恐ろしさは、
殴る・蹴るといった行為ではなく、
「言葉」と「沈黙」だけで相手を追い詰める点にあります。
現代の職場でも、
「暴力がないから問題ない」とは言えないことを示す、象徴的な存在です。
② 精神的な攻撃
最も多く該当
-
「おい、クズ!」
-
「なぜそこまで歪んだ」
-
「君の代わりはいくらでもいる」
-
「君には見込みがない」
人格を否定する言葉が並びます。
これらは行動や成果ではなく、人そのものを否定する表現です。
一般企業の職場で管理職が使えば、
パワハラと指摘される表現であり、発言を執拗に繰り返せば、パワハラ認定されるレベルです。指導目的であっても正当化は困難となります。
③ 人間関係からの切り離し
-
「従わないなら、ここから出ていってもらう」
-
「君には、ここを辞めてもらう」
-
「交番勤務に戻ってもらう」
退校や配置転換を、強い言葉で突きつける場面です。
一般企業に置き換えれば、
退職勧奨や配置転換を示唆する発言に該当します。
手続や合理的理由、十分な説明がなければ、
職場では極めてリスクの高い対応であり、
不当行為・パワハラと判断される可能性があります。
④ 過大な要求
-
「間違えても追試はない」
-
「現場に答えはない。君の中にしかない」
抽象度が高く、精神論に見える言葉です。
受け手の経験・能力・成長段階を考慮せずに用いれば、
達成可能性を欠く要求として
「過大な要求」と評価される可能性があります。
⑤ 過小な要求
-
「見込みがない」
-
「交番勤務に戻ってもらう」
能力を一方的に断定し、
役割や職務レベルを引き下げる表現です。
説明や合意がないまま行われた場合、
懲罰的配置転換と受け取られ、
過小な要求として問題になる可能性があります。
⑥ 個の侵害
-
「なぜそこまで歪んだ」
- 「君は犯人に同情してるな。家族と重なってしまうか?」
- 「君は家族を殺したいと思ったことはあるか?」
過去の出来事や内面、価値観に深く踏み込む言葉です。
信頼関係や本人の同意がない状態で、
一般の職場でこのような発言をすれば、
個の侵害として捉われるリスクありです。
実際の職場との違い(ここが重要)
一般企業の職場では、
-
「クズ」などの人格否定はパワハラ
-
即座の解雇は違法となる可能性
-
私生活・内面への過度な干渉は不適切
-
精神的圧力による指導は問題視される
『教場』で成立している指導は、
現実の職場では成立しないことを前提に理解する必要があります。
法的観点からの整理(社労士として)
風間公親の発言には、
-
業務上必要な指導の範囲を超える表現が複数含まれる
-
人格否定的表現は、いかなる理由があっても許容されない
-
相手の尊厳を傷つける言動は、指導目的でも避けるべき
という、明確な問題点があります。
それでも『教場』が成立する理由
『教場』が成立するのは、
-
命と権限を扱う職業の最終選抜という特殊性
-
不適格者を排除しないこと自体が社会的リスクになる設定
-
風間自身が感情ではなく「覚悟」をもって言葉を放っている点
当然ですが、フィクションとしての前提条件があるからです。
社労士としての結論
風間公親の言葉は、
現代の一般企業の職場基準では、ほぼすべてパワハラの累計に該当します。
ただし本作は、
「指導とは何か」
「厳しさとハラスメントの境界線はどこか」
を考えるための、極めて優れた教材でもあります。
真似をするのではなく、考えるために使う。
これが、社労士としての結論です。
まとめ
-
身体的暴力はなくても、言葉だけでパワハラは成立する
-
人格否定・切り離し・内面干渉は重大なリスク
-
現代の職場では、指導にも「法と言葉の設計」が必要
ハラスメントを無くすとは「甘やかす」ことではない
ハラスメントを無くすということは、
厳しい指導をしないことでも、部下を甘やかすことでもありません。
近年、「ハラスメントを恐れて何も言えない職場」
いわゆる「ゆるブラック」が問題視されるようになっています。
-
叱られない
-
指摘されない
-
期待も要求もされない
一見、居心地は良さそうに見えますが、
社員は次第にこう感じ始めます。
「自分は、期待されていないのではないか」
「ここにいても、成長できないのではないか」
結果として、
育たない職場から、意欲のある人ほど離れていく。
これは、組織にとっても、個人にとっても不幸な結末です。
本来、指導とは
相手の人格を否定することではなく、
役割・行動・成果に向き合い、成長を促す行為です。
-
何が足りないのか
-
どこを伸ばせばいいのか
-
なぜ期待しているのか
それを、尊厳を守りながら、明確に伝える。
これが「正しい厳しさ」です。
ハラスメントを考えることは、
人を甘やかすことではありません。
正しい指導と育成を、言葉と制度で設計すること。
それは、
人を守り、
組織を守り、
そして双方を成長させるための知恵です。
『教場』の風間公親の言葉が問いかけているのは、
「厳しさ」そのものではなく、
私たちは、どんな覚悟で人を育てているのか
ということなのかもしれません。
☆御礼☆
最後までお読み頂きありがとうございます。
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